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横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)1443号 判決 1972年7月17日

原告

ブルーチップエアーサービス株式会社

(旧商号)株式会社 横浜旅行社

右代表者

蒲生隆

右訴訟代理人

吉本英雄

外五名

被告

ザ・スリック・コーポレーション

右代表者

デイー・エー・エドワード

右訴訟代理人

グラハム・エイ・ブロウン

外四名

主文

被告は原告に対して金八九一万四、七一三円およびこれに対する昭和三九年一〇月三一日から完済に至るまで年七分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを二分し、その一を原告のその余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判。

一、原告

本位的請求の趣旨として、「被告は原告に対して金一、八七七万四、一五〇円およびこれに対する昭和三九年一〇月三一日から支払い済みに至るまで年七分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、予備的請求の趣旨として、「被告は原告に対し金一、八七七万四、一五〇円およびこれに対する昭和三九年一〇月三一日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

二、被告

本位的、予備的請求に対していずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の本位的請求原因

一、原告は、一般旅行斡旋公認代理店として内外の旅行の斡旋請負の業務を営む旅行社であり、ある団体から一定の目的地に旅行することの依頼を受けた場合には、その団体の為に必要な旅程、交通機関、宿泊所、食事等の一切の手配手続を請負い、旅行が行われる際には、社員が同行して、その団体の旅行に関する一切の世話をし、請負代金の中から利益を得る仕事をしている会社である。

二、原告は第一項記載のような趣旨で、訴外国民レクリエーション協会、ヨーロッパ経済調査学会、日本エル・ピー・ジー協会との間に右三団体(以下「三団体」という。)が各別に欧州旅行するための旅行の請負をなし、その履行のため被告との間に、昭和三九年九月三日次のような内容の航空機四機(以下便宜A機ないしD機という。)の傭機契約(チャーター・トランスポーテーション・アグリーメント)を締結した。

(1)

出発年月日

傭機料(円)

A機

昭和三九年一〇月二日

二、二六三万一、〇八一

B機

〃   五日

二、四五二万五、七六〇

C機

〃 一四日

二、四五二万五、七六〇

D機

〃 二七日

二、二六三万一、〇八一

(2)機種

CL―44D(座席数一六五)

(3)航路

往路 那覇―ハンブルグ(西ドイツ)

復路 ハンブルグ(西ドイツ)―東京

三、ところで被告は前項の約旨に反してB機およびD機の手配を行わず、このため原告は同約旨どおり同機を使用することができなかつた。

そこで原告はやむを得ずD機塔乗予定の団体の旅行は取止めてもらい、その履行義務は免れたが、B機については、原告は同機塔乗の団体乗客のために、他の航空会社と次のような普通旅客運送契約を締結し、同乗客に対する履行義務を果したが、そのため原告はB機傭機料を上廻るその運賃合計金四、三二九万九、九一〇円を昭和三九年一〇月三〇日迄に全額支払うのやむなきに至つた。

航路

契約相手方

乗客数(人)

日時

運賃(円)

往路

東京―フランクフルト

スカンデイナアビア航空

三〇

一〇月六日

六八〇万六、一九〇

六五

一、四七四万六、七四五

二五

一〇月七日

五六七万一、八二五

ルフトハンザ航空

二〇

四五三万七、二五〇

復路

ローマ―香港

ロイド航空

八五

七九八万六、五五〇

香港―東京

ガルーダインドネシア航空

三五五万一、三五〇

四  被告がB機の手配をしなかつたのは、那覇空港の離着陸許可に関し、アメリカ合衆国空軍五五―二二書式一八一号に準拠した許可申請手続をとらなかつた過失に基づくものであり、原告はこれにより後記のとおりの損害を蒙つた。

五、被告が約旨どおりB機の供給をしたならば、同機の契約上の傭機料は金二、四五二万五、七六〇円であつたのであるから、原告は被告の右債務不履行により代替機を用意し、運賃として合計金四、三二九万九、九一〇円の支払いを余儀なくされ、結局差額金一、八七七万四、一五〇円を余分に支払つたが、かかる余分の運賃の支払いは、定期給付を内容とする本件傭機契約を、被告が不履行したことによつて発生したものであり、原告は同金額相当の損害を蒙つたこととなり、右損害は被告の債務不履行によつて生じた損害である。

被告は原告の蒙つた損害は金八六三万八、〇三一円である旨主張するが、右主張は原告が本訴において主張していないD機の傭機料を計算の基礎とする等算出の根拠とはなり得ないものである。

かりに原告の損害が被告主張の計算方法によるとしても、原告は被告からB機およびD機の傭機料合計金四、七一五万六、八四一円の五パーセントに相当する金二三五万七、八四〇円を手数料として支払いを受ける約定であつたところ、被告の債務不履行によつて右金員の支払いを受けられなくなつたので、被告の債務不履行に基づく損害金として右金額を加算すべきであるから、結局損害額は金一、〇九九万五、八七一円となる。

六、よつて原告は被告に対して右金一、八七七万四、一五〇円およびこれに対する損害発生の翌日である昭和三九年一〇月三一日より支払済みに至るまで、本件についてはアメリカ合衆国カリフォルニア州法が準拠法として合意されているから、右合意に基づく同州法所定年七分の割合による金員の支払いを求める。

第三、主位的請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は、当初これを認めると述べたが、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。

原告主張の契約は、被告と原告との間に締結せられたものではなく、A機については訴外国民レクリエーション協会、B機およびD機についてはヨーロッパ経済調査学会、C機については日本エル・ピー・ジー協会と被告との間にそれぞれ締結せられたものである。原告はこれらの契約の当事者ではなく、単に右三団体の代理人としてこれらの旅行のため必要な航空会社として被告を斡旋し、これと傭機契約の交渉をなし、代理人として契約を締結したにすぎないものである。

三、同第三項の事実中、被告がB機およびD機の手配を行わなかつたとの事実は否認する。原告が右両機を使用できなかつた事実は認める。その余の事実は不知。

四、同第四項の事実は否認する。

五、同第五項の事実中、本件契約が定期給付を内容とするものであつたとの事実は認めるが、その余の事実は争う。かりに本件契約が原告と被告との間で締結され、被告に何らかの義務違反があつたとしても、原告の蒙つた損害は次のとおり金八六三万八、〇三一円である。

すなわち原告は被告のB機およびD機の運航取止めにより、右両機の傭機料の支払いを免れており、これに対して右両機の塔乗予定者のうち解約したため、原告においてその運賃を受領し得なかつた者はB機につき一五名、D機につき五〇名にすぎなかつた。

ところで傭機料はB機について金二、四五二万五、七六〇円、D機については金二、二六三万一、〇八一円であり、いずれも塔乗予定者は各一二〇名であつたから、これを基礎として各解約者から受領し得なかつた運賃額を算出すると、B機について金三〇六万五、三四五円、D機について金九四二万九、六一七円の合計金一、二四九万四、九六二円となるところ、代替機一機の費用は原告主張どおりとすれば金四、三二九万九、九一〇円であるから(43,299,910+12494,962−24,525,760−22,631,081=8,638,031)となり、原告の損害は金八六三万八、〇三一円にすぎない。

六、同第六項の事実中、本件契約につきアメリカ合衆国カリフオルニア州法が準拠法として合意されていたとの事実は認めるが、その余は争う。

第四  原告の予備的請求原因

一、原告は被告との間で本位的請求原因第二項記載のとおり、航空機四機の傭機契約を締結した。

二、しかして右航空機四機は、いずれも米国空軍の沖繩基地である那覇空港から出発し、西ドイツハンブルグに向うべく予定されていたが、本件契約の目的とした如き目的をもつて民間航空機が同空港を離着陸するためには、米国空軍規則五五―二二書式一八一号にしたがい、あらかじめ米国空軍の離着陸許可を受けることが要求されていた。

三、よつて原告会社社員等は、本件契約交渉が開始された昭和三九年六月ころから、何回となく被告会社極東地区支配人オーベスター・キャッシュに対し、米国空軍から本件傭機の離着陸許可を受けているか否か、同許可が受けられないならば、原告としては本件契約を締結することはできない旨確認および主張したのに対し、同支配人は、被告が那覇空港において旅客を臨時に乗機させるために、同空港を使用するライセンスはすでにこれを有するので離着陸許可については心配はいらない旨言明した。

さらに昭和三九年九月三日本件契約の締結に際しても、原告会社常務取締役中村欽吾、同営業部長小笠原忠幸、同営業主任奈良沢和夫等は前記支配人に対し離着陸許可について再度不安はないが確認したが、前同様全く問題はない旨の回答であつた。

四、ところが被告の前記極東地区支配人は、本件契約締結当時、本件契約の目的のごとく、軍用目的とは無関係な目的のために、原告が被告から傭機した航空機四機の那覇空港使用について、被告があらかじめ米国空軍から離着陸許可を受けていなかつたのみならず、本件のように米国空軍の業務と全く関係のない純粋に商業目的のために使用される被告の航空機が、右許可を受けられない可能性がより大であつたこと、A機ないしD機の傭機料が一般民間航空会社の航空運賃に比し低額であつたため、もし被告によつて傭機された航空機が那覇空港使用が得られない場合には、前記三団体との間の旅行請負契約の義務を履行するため、本件傭機料を上廻る高額の運送料をもつて他の民間航空会社と別途運送契約を締結しなければならないこと、その結果本件傭機料を越える差額運賃は、これを三団体に負担せしめることはできないため、原告の損失として支払わざるを得ないことをそれぞれ熟知していたにも拘らず、同支配人はあえて前記原告会社社員等に対し、被告の航空機が那覇空港に離着陸することについてライセンスを有しているから全く心配ないとの虚偽の事実を告げ、右原告会社社員等を欺罔してその旨誤信させ、よつて原告をして本件契約を締結させるに至つたものである。

五、しかして被告は本件契約に基づくB機およびD機について米国空軍の離着陸許可を受けられなかつたものである。

六、その結果原告は昭和三九年九月三日被告に対して金二、四五二万五、七六〇円の支払いをなしたが、B機使用が不可能となつたため、B機塔乗予定の乗客のため他の航空会社と本位的請求原因第三項記載のとおり普通旅客運送契約を締結し、同乗客に対する旅行請負契約上の履行義務を果したが、そのために金四、三二九万九、九一〇円の支払いを余儀なくされた。しかしてその後原告は被告から右金二、四五二万五、七六〇円の返還を受けたので、原告は右差額金一、八七七万四、一五〇円相当の損害を蒙つた。

七、よつて原告は被告に対し、詐欺による不法行為を原因として、原告が蒙つた前記損害金一、八七七万四、一五〇円およびこれに対する損害発生後の昭和三九年一〇月三一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第五、予備的請求原因に対する被告の答弁

一、予備的請求原因第一項の事実については本位的請求原因第二項についての答弁と同様である。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項および第四項の事実は否認する。

本件契約はA機ないしD機の四機について一括して傭機する旨契約したものであるが、これを履行するため被告が真摯な努力をしたことは現にA機およびC機が本件契約の約旨どおり就航していることでも明らかであり、B機およびD機が運航できなかつたのは、米国空軍の離着陸許可が得られなかつたためにすぎない。

四、同第五項の事実は認める。

五、同第六項の事実中被告が原告に対して原告主張の金員の返還をなした事実は認めるが、その余の事実は不知。

原告はB機が就航し得なかつたことによつてなした普通旅客運送契約の締結によつて支出した金四、三二九万九、九一〇円と、支払わずに済んだB機の傭機料金二、四五二万五、七六〇円との差額金一、八七七万四、一五〇円をもつて損害相当金である旨主張するが、本位的請求原因第五項に対する答弁において主張したとおり、右算出金額は相当ではない。

第六、被告の主張(一)

一、かりに被告に原告主張のような債務不履行の責任ありとしても、原告の被告に対する請求権は時効により消滅した。原告の主張は、原告と被告との間の昭和三九年九月三日付傭機契約に基づき被告が負うに至つた航空運送人としての義務違反をその理由とするものであるところ、本件契約の如く日本および西ドイツ間に航空運送を目的とする契約は、国際航空運送についてのある規則の統一に関する契約(以下「ワルソー契約」という。)の各締約国間を航行する国際運送契約であるから、同条約の適用を受けるところ、同条約二九条一項の規定によれば、運送人の責任に関する訴えは、運送に供する航空機の到達地への到達の日、到達すべきであつた日又は運送の中止の日から起算して二年の期間内に提起しなければならず、その期間経過後は、訴えの提起は許されないとされている。

原告主張の本件契約に基づくB機およびD機の那覇空港における発航期日はそれぞれ昭和三九年一〇月五日および同月二七日と定められていたところ、右両機の運行は、アメリカ合衆国空軍の同空港への離着陸許可が得られぬため止むなく運行が中止され、原告は被告に対し、B機については同月三日、D機については同月九日それぞれ右運行中止の趣旨を通告したのであるから、少くとも右通告の翌日である同月一〇日から起算して二年を経過した昭和四一年一〇月九日をもつて原告の被告に対する請求権は時効により消滅した。

二、かりに本件傭機契約にワルソー条約の適用がないとしても、原告および被告は本件傭機契約一四条において、本契約に基づく運送はワルソー条約に定められた責任に関する規定(一七条ないし三〇条)に従うべきものと合意しているから、ワルソー条約中責任に関する規定は当事者の合意に基づいて本契約に適用せらるべきである。したがつてこの点からも原告の本訴提起は出訴期間を経過しているものというべきである。

三、かりに被告の消滅時効の主張が認められないとしても、被告がB機およびD機を原告のため運航の用に供し得なかつたのはアメリカ合衆国空軍の離着陸不許可という履行不能によるものであり、本件傭機契約一七条Aの規定の趣旨に基づき被告は原告に対して一切の損害賠償責任を負わない。

四、さらに被告は本件傭機契約一七条Cの規定に基づき原告に対し昭和三九年一〇月三日B機の運航につき契約の一部解約を通告し、さらに同月九日D機の運航についても同様解約を通告し、右両機に関する運送契約はいずれも適法に解約済みであつて、右解約によつて被告が原告に対して一切の損害賠償責任を負担しないことは同条の規定から明らかである。

第七、右主張に対する原告の答弁および主張

一、被告の時効により消滅したとの主張は争う。

本件契約にはワルソー条約の適用はない。ワルソー条約の適用要件としては、同条約一条二項の国際運送において、運送人側における乗客運送の引受けと、これに対する乗客の同意をもつて足りるものと解されるところ、本件契約に基づく原告、被告および右契約中に表示されている三団体構成員との間にそれぞれ成立する契約関係を個別的に検討して、その適用の可否を決すべきである。すなわち原告と三団体との関係については、原告は三団体が欧州旅行をするために必要な旅程、交通機関、宿泊所、食事等の一切の手配手続を請負い、同請負契約の履行の一環として、被告との間に本件契約を締結したものである。したがつて右両者の関係は請負契約であつて運送契約ではない。

原告、被告間の関係については、原告は三団体との間の請負契約の履行として往路を那覇、ハンブルグ、復路をハンブルグ、東京とする航空旅客運送に関し、三団体構成員を被告の提供する航空機に塔乗せしめる目的をもつて、被告から被告の指揮監督の下にありかつ使用人である機長および乗員付の航空機を傭機したもの(個別航空機傭機契約)である。原告は被告に対し右のごとく限定された航空旅客運送に関し、被告の提供する航空機を利用できる権利を有し、被告は原告に対しかかる航空機を提供すべき義務を負うこととなる。そして本件契約九条Aの規定が、被告が三団体各構成員との間に個別的に運送を引き受けることを予定し、現に運行されたA機およびC機の運送に関し三団体の各構成員に対し、旅客切符を交付して被告が運送人として各構成員との間に個別運送契約を締結していることは、この例証といわなければならない。したがつて本件契約は、原告、被告を規律する個別航空傭機契約と、被告と三団体各構成員との関係を規律する個別運送契約の両者を含み、本件契約一四条の規定は、被告と三団体の各構成員との間の個別的運送契約に対し、ワルソー契約が適用されることを表明したものであり、原告、被告間の本件契約にはワルソー条約の適用がないこと明らかである。さらに同条約二条三項但書の規定の内容からみても、原告はB機およびD機による旅客運送に関し、旅客として予定されていないし、被告によつて旅客として引受けられてもいず、また旅客切符の交付も受けていないのであつて、いずれにせよ同条約の適用がないこと明らかである。

二、本件傭機契約一四条において本契約に基づく運送はワルソー条約に定められた責任に基づくとの条項があることは認めるが、当事者間にこのような合意があつたことは否認する。

三、本件傭機契約一七条AおよびCに被告主張のような免責規定ならびに解約規定の存在することは認めるが、右規定が本件傭機契約の特約として効力を有する旨の主張は争う。かりに右特約が効力を有するとしても、被告は那覇空港の離着陸許可に関し、アメリカ合衆国空軍五五―二二書式一八一号に準拠した許可申請手続をとらなかつたために本件傭機契約上の不履行が発生したものであるから、右不履行は被告の責に帰すべき事由によつて発生したものとして、被告は右特約の効力を主張し得ない。

第八、被告の主張(二)

かりに原告の不法行為に基づく損害賠償請求が理由ありとしても、すでに右請求権は時効によつて消滅している。

渉外事件における不法行為の準拠法は法例一一条により不法行為地法すなわち原告の請求については日本の法律によるべきところ、民法七二四条は不法行為による損害賠償請求権の消滅時効期間を三年と規定している。

しかして原告の本訴による不法行為による損害賠償請求時には、すでに不法行為時(昭和三九年一〇月以前)から三年を経過しているから被告の責任は時効によつて消滅しており、被告は本訴(昭和四五年六月一七日の第一四回口頭弁論期日)において右時効を援用する。

第九、被告の主張(二)に対する原告の答弁

被告主張の右仮定抗弁事実は否認する。

なるほど原告が被告に対して不法行為を理由とする損害賠償請求権を、予備的に追加併合して主張したのは昭和四三年五月二七日の本訴第五回口頭弁論期日であるが、原告はすでに昭和四二年九月二二日被告の債務不履行を理由として損害賠償の本訴請求訴訟を提起している。

しかしてその請求原因が債務不履行であれ、不法行為であれ、同一事実に基づく損害賠償の請求をする場合には、その請求原因の相違は単なる請求の態様の相違であるにすぎず、同一の事実に基づく限りいずれか一方の請求原因に基づく損害賠償請求権が被告に対して主張せられている以上、別の態様に基づく損害賠償請求権が後に追加併合されたとしても、当然に第一の請求原因による損害賠償請求権に当初から包含されて主張かつ請求されているものというべきである。

本件においても原告は被告に対して、昭和四二年九月二二日債務不履行に基づく損害賠償請求権の主張をなしているのであるから、同主張中には同一事実を請求原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権も当然に包含せられかつ主張されていたものであり、昭和四三年五月二七日の第五回口頭弁論期日における不法行為を請求原因とする損害賠償請求権の追加併合は、単に被告に対する請求の態様の明確化を図つたものにすぎないというべきである。

第一〇、証拠<略>

理由

第一、本位的請求に対する判断。

一、原告が一般旅行斡旋公認代理店として内外の旅行の斡旋、請負の業務を営む旅行社であり、ある団体から一定の目的地に旅行することの依頼を受けた場合、その団体の為に必要な旅程、交通機関、宿泊所、食事等の一切の手配手続を請負い、旅行が行われる際には、社員が同行して、その団体の旅行に関する一切の世話をし、請負代金の中から利益を得る仕事をしている会社であること(請求原因第一項の事実)は当事者間に争いがない。

二、しかして原告が右の趣旨で訴外国民レクリェーション協会、ヨーロッパ経済調査学会、日本エル・ビー・ジー協会との間に、右三団体が各別に欧州旅行するための旅行の請負をなし、その履行のために被告との間に、昭和三九年九月三日、請求原因第二項記載のとおりの航空機四機の傭機契約(チャーター・トランスポーテーション・アグリーメント)を締結したことにつき被告は当初これを認めると述べたが、真実に反する陳述で、錯誤に基づくもので自白を撤回する旨主張する。しかしながら、<証拠>によると、原告はI・A・T・A(インターナショナル・エアー・トランスポート・アソシエーション)に加盟しているものであり、I・A・T・A規則によると、加盟旅行代理店は自ら傭機することが禁じられていることが窺えるが、右規則はI・A・T・A加盟航空会社と、同加盟旅客販売代理店との関係を規律する規則ならびに手続を規定し、右両者間の取引についてのみ適用されるものと解され、<証拠>によると、被告がI・A・T・Aに非加盟であること明らかであるから、原告が被告との間にその主張する傭機契約を締結したとしても、右規則に反するものとは言えない。また甲第一号証の記載によつても、原告が単なる代理人であるとする被告の主張は是認し得ず、他に被告の自白が真実に反し、錯誤に基づくことを裏付けるに足りる証拠のない本件においては、被告の自白の撤回は認め難い。

したがつて原告主張の契約締結は当事者間に争いがない。

三、しかるに原告が航空機四機のうちB機およびD機を使用できなかつたこと本件契約に基づく給付が定期給付であることはいずれも当事者間に争いないところ<証拠>によると、つぎの事実が認められる。

本件契約当時傭機した航空機四機の出発地とされていた那覇空港は、アメリカ合衆国空軍の管理下にあり、民間航空機の発着に関しては同国空軍規則(AFR五五―二二)により、その施設使用のため必要事項記載のうえ許可権者に対して定められた書式(AF書式一八一号)にのつとつた申請をするよう義務づけられており、右申請により使用許可権者が許可することによつて空軍施設の使用が許されることとなるものであるところ、右那覇空港の使用許可権者は同規則によればアメリカ合衆国空軍司令部とされている。しかして被告は右書式により同司令部に対して許可申請をなしたが、右許可の対象となるのは、アメリカ合衆国および同国軍用物費の輸送についてであり、商業用客員輸送に対しては適用がなかつた。被告はこれまで四回ほどいずれも軍所属貨物を積載した貨物輸送であつたが、右許可を得て、那覇空港を利用したことがあつたことから原告との本件傭機契約に基づく傭機の那覇空港離着陸についても許可を得られるものと考え、前記のとおり申請手続をなしたが許可を得られず、昭和三九年一〇月二日ワシントン特別区のアメリカ合衆国空軍司令部に対し、再度離着陸許可の補充申請をなした結果、A機およびC機については那覇への軍用便の帰途便を利用するということで使用許可となつたものの、B機およびD機についての許可は得られず、結局右両機は那覇空港への離着陸ができないこととなつて、被告においてこれが手配をせず、結局運行できなかつた。以上の事実を認めることができ他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、那覇空港が当時アメリカ合衆国空軍の管理下にあつたことは明らかであり、被告において右空港の離着陸に関し許可を得なければならないことおよび右許可申請についてはアメリカ合衆国空軍規則五五―二二書式一八一号に準拠すべきことをいずれも知つており、これに基づき本件傭機契約に基づく傭機の離着陸許可申請をなしたこと前記のとおりであるけれども、右規則は商業上の客員輸送に対しては適用なく、右輸送については離着陸許可の対象となり得ないのであるから、被告が許可の対象となり得るものと信じて申請手続をなしたとしても、この点につき被告に過失ありといわざるを得ない。したがつてこれにより被告においてB機およびD機を運行し得なかつたことは、結局被告の債務不履行に基づくものというべきである。

四、よつてすすんで損害額について検討する。

<証拠>によると、原告は、被告の右不履行により、代替機によつて前記旅行客を運送すべくスカンディナビア航空等の航空会社との間に次のような普通旅客運送契約を締結し、運賃として合計金四、三二九万九、九一〇円を昭和三九年一〇月三〇日迄に全額支払うのやむなきに至つたこと、すなわち往路として東京フランクフルト間を昭和三九年一〇月六日スカンディナビア航空との間に、合計九五人運賃合計金二、一五五万二、九三五円、同月七日同じく二五人、運賃合計金五六七万一、八二五円、同日ルフトハンザ航空との間に二〇人運賃合計金四五三万七、二五〇円、復路としてローマ香港間をロイド航空(スカンディナビア機のチャーター)との間に八五人、運賃合計金七九八万六、五五〇円、香港、東京間をガルーダインドネシア航空との間に八五人、運賃合計金三五五万一、三五〇円を要したことを認めることができ他に右認定に反する証拠はない。

右事実によると、原告は被告の前記債務不履行によつて、合計金四、三二九万九、九一〇円を支払うの得むなきに至つたものであり、右金相当額は被告の債務不履行に基づく損害というべきところ、他方原告はB機およびD機が運航しなかつたことにより被告に対しその傭機料合計金四、七一五万六、八四一円の支払いを免れたこと当事者間に明らかに争いがなく<証拠>によると、被告の右債務不履行のため乗客の一部が不安を感じたりして少くともB機に塔乗予定者の一五名位がD機に塔乗予定者の五〇名位がそれぞれ旅行を取止めたこと、他のB機塔乗予定者およびD機塔乗予定者の各一部は他機に振替えられたこともあつて、原告が三団体の旅客を運送するため普通旅客運送契約を締結したのは前記の限度でまかなえたことをそれぞれ認めることができる。

とすると原告の蒙つた損害額は、被告の債務不履行により得ることが出来なかつた収入および支出するの止むなきに至つた額から、支出せずに済んだ経費を差引いた額と解すべきところ、前記のとおり原告は普通旅客契約に基づく運賃として合計金四、三二九万九、九一〇円を支出するの止むなきに至り、また旅行をとり止めた三団体の旅客は少くともB機について一五名、D機について五〇名おり、それらの旅客からの運賃収入を挙げ得なかつたことおよびその額は他に立証のない本件においては少くともA機ないしD機の傭機料の総額を、塔乗予定人員で除した額に、さらに旅行をとり止めた人数を乗じた額となるものと考えるのが相当であるところ、<証拠>によれば塔乗予定人員の数は一機につき一二〇名合計四八〇名であつたことが窺えるから、結局右六五名につき得られなかつた収入は金一、二七七万一、六六四円(円以下切捨)(94,313,682÷480×65)となる。しかして原告がB機およびD機の傭機料合計金四、七一五万六、八四一円の支払いをせずに済んだこと前記のとおりであるから、結局原告の蒙つた損害額合計は金八九一万四、七一三円(43,299,910円+12,771,644円−47,156,841円)となることが明らかである。

原告は損害額の算定につきD機をも考慮するのは不当である旨主張するが、本件傭機契約は前記のとおり、A機ないしD機の一括契約であり、また原告が普通旅客運送契約を締結し、運賃を支払つた乗客にはD機塔乗予定者も含まれていたのであるから、被告の債務不履行に基づく損害額はB機についてのみではなく、A機ないしD機を総合して考えるべきであつて、その基礎にたつていずれも相当性の範囲内の額にある本件においては、右算定は原告の申立ての範囲を逸脱するものではない。また原告はB機およびD機の傭機料合計額の五パーセントを手数料として支払いを受ける約定があり、右金額を得られなかつた旨主張するが、甲第一号証第三項Cの規定に照らし採用し得ない。

五、ところで被告は、本件契約にはワルソー条約の適用があり、同条約二九条一項によると出訴期間は二年と定められているから、右期間経過後の本訴請求権はすでに消滅している旨主張するところ、ワルソー条約は旅客の運送を引受けた運送人と旅客との間の運送契約に適用されるべきものであり、本件傭機契約において原告が同条約に規定する旅客に該当せず、同条約は適用されないと解すべきである。

すなわち同条約は一条一項において「この条約は航空機により有償で行なう旅客、手荷物又は貨物の全ての国際運送に適用する」との適用範囲を規定し、同条二項において「国際運送とは当事者の約定によれば……出発地及び到達地が二の締約国の領域にある運送……をいう。」と定めている。しかして本件傭機契約が右の旅客運送に該当するか否か検討するに、右契約によると、甲第一号証より明らかなとおり、航空機所有者兼運航者としての被告、傭機者としての原告ならびに旅客としての前記三団体各構成員が存し、ワルソー条約上の旅客としては右三団体各構成員が該当するのであり、したがつて原告、被告を当事者とする本件傭機契約には同条約の適用はないものというべきである。

このことは前記のとおり当事者間に争いのない原告の業務内容および原告がワルソー条約上の旅客として同条約上旅客に与えられた救済手続を行使し、被告に対して損害賠償責任を訴求することができないことからみても明らかというべきである。

六被告はさらに原告との本件傭機契約においてワルソー条約の適用を合意した旨主張するところ右契約一四条において、同契約に基づく運送はワルソー条約に定められた責任に関する規則に基づくとの条項の存すること当事者間に争いない。しかして同契約一四条の規定は「本契約に基づく運送はワルソー条約に定められた責任に関する規則に基づく。」というものであり、ワルソー条約一七条および一九条の規定からみると、同条約の責任に関する訴えは、右各条に定めるが如き損害発生原因に基づき、同条に定める損害のみについて責任の訴を提起することが出来得るとし、これに出訴期間の制限を設けたものと解すべきである。そして本件において原告の被告に対する本位的な請求権は、本件契約上被告のなした傭機契約義務不履行に基づく損害賠償請求であつて、ワルソー条約上に規定する責任に関する訴として提起されたものでないこと前記のとおり明らかであつて、結局本件契約によつては、原告の損害賠償請求権の行使につき同条約二九条の出訴期間の制限の規定は適用ないというべきである。

七、さらに被告は、被告の債務不履行は履行不能によるものである旨主張するが、前記認定のとおり被告に過失の認め得る本件においては、被告の右主張は採用の限りでない。

八、さらに被告は本件契約に基づくB機およびD機の各運航についてはいずれも契約の一部解約を通告したことにより同契約一七条Cの規定により原告に対して一切の損害害賠償責任を負担するものではない旨主張するところ、被告主張の右通告がなされたこと当事者間に争いがないけれども、甲第一号記載の被告主張の規定の解釈としては、被告において過失ありと認められる場合をも含むものとは解されず、被告が善意、無過失の場合における離着陸権を得られなかつた場合にのみ適用あるものというべきである。

よつて、被告主張の各抗弁はいずれも理由がない。

第二、予備的請求に対する判断。

原告の本訴請求中判示認容額を越える部分について、さらに予的備請求の当否について判断するに被告が原告を欺罔して原告主張のごとき損害を与えたとの事実は、本件全証拠をもつてしても認め難いから、原告の予備的請求は採用の限りでない。

第三結論

以上のとおりとすると原告の本訴請求は、前記認定した損害額の範囲金八九一万四、七一三円およびこれに対する損害発生の翌日である昭和三九年一〇月三一日から完済に至るまで年七分(本件傭機契約についてアメリカ合衆国カリフオルニア州法が準拠法として合意されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によると法定利率は年七分であることが認められる。)の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用し、主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 板垣範之 花田政道)

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